どちてー?
2008 / 09 / 01 ( Mon ) ![]() とっっても可愛い甥っ子。 ワタシの話を真剣に聞いてくれます。 「おばちゃん」なんて呼ばせません。「mayuさん」と教えています(笑 ワタシが、のび太くんからドラえもんを貰ったと 言うと、真剣に 甥「どちてー?? どちて のび太がドラえもんくれたのー?」 m「のび太くんはね、もう、ドラえもん飽きたんだって」 甥「どちてー?どちてmayuさんにくれたのー?」 m「もう、いらないんだってー。」 甥「どちてー? どちてのび太はいらなくなったのー?どちてー??」 m「・・・」←答えに困ったまま無言 甥っ子にとっては、mayuさんがドラえもんをのび太がくれたことが 本当に本当に不思議でたまらなかったようです。 ほんと、わるいおばちゃんだよねー でも、ホントに来てくれたらいいなードラえもん。 |
朝のおまじない
2008 / 08 / 24 ( Sun ) ![]() 朝夕過ごしやすくなってきましたねー 夏は食欲が落ちるんですが、 秋からはやばいんです。 さんま、大好きだし♪ わたしの朝のおまじない・・・というか、 お祈り。 おススメです。 高津理絵さんの本で読んで、実践していることです。 毎朝 「私は<幸せの選択>を宣言します」と 手を合わせて唱えます。 「どんなことにもいい面と悪い面が必ずあります。 その中から、 よかったこと、幸せなことだけを選んで、 出来事を自分なりに解釈していくのです。」と。 例えば、私の場合、平坦な道でもコケそうになります。 コケかかったときでも、 「ちっ!こんなとこで!」なんて思わず、 「あーラッキー。転ばなかったから、買った卵が割れずにすんだわ〜♪」とか 急いでいるのに、忘れ物して引き返さなきゃいけなくなったときとかでも、 「良かったー 思い出して。急いで行ってたら、忘れたことで 人に迷惑かけるとこだったーあの人、ホントバカねーって言われるとこだったー」とか。 何でもいいんです。全てを自分にとって「ラッキー」とします。 そして、何でも「ラッキー」に取ろうと思えば取れます。 取っちゃう方が「ラッキー」です。 「幸せの選択」の宣言、 気が向いたら是非やってみてくださいね♪ あと、そうそう。一緒に 「今日はいい日だ♪」と口に出して言います。 朝から気分が良くなりますよ〜 |
成功よりも成幸
2008 / 08 / 15 ( Fri ) |
好意50% 批判50%
2008 / 08 / 11 ( Mon ) ![]() 自分をもっとも向上させてくれるのが 「好意50% 批判50%」 だそうです。 人生で出会うすべて100%の人が 「あなたの言うことはすべて正しい、好きなようにやりなさい」と言ったとしたら どんな人でも傲慢になって、だめな人間になってしまうでしょう。 その反対に、100%の人から 「お前はだめな奴だ。お前のやっていることは全部間違っている」と 言われたら、萎縮し、自信を喪失してやる気も失い、 やはりだめになることでしょう。 小林正観さんより 自分にとってどうしても苦手だと感じたり、その人がいるとどうも 注意ばかりされて気分が落ち込む・・・とか 波長が合わないけど一緒に仕事しないと いけないとか、グループで行動しなければいけない人っていますよね。 でも、そう人がいるからこそ、自分の欠点に気づいたり、 注意深くなったり、傷ついたりすることで思いやりの心を知ったりと、 自分を高めることが出来るそうです。 そして、その自分にとって苦手な人・・・というのは、 あなたの為に、あえて嫌な役を買ってくれている とてもありがたい人だそうです。 人間はよりよく自分を高めていこうとする生き物だそうです。 それをあえて、あなたの為に汚い言葉を使い、また、良くない態度を 取り、成長に反することをしてくれているのですね。 なので、そういう人が現れた場合、またすでにいる場合も(笑) 「ありがたい人なんだ」と発想を変えてみると 気分が違うかもしれません。 昔は、人は修行の為に滝にうたれたりしましたが、 今はその滝の代わりが、 うるさい上司だったり、自分の身近にいる やかましい人だったりするようです。 なので、説教のシャワーを浴びたときには 「いい滝にうたれたなあ〜♪いい修行が出来ました〜」 と思うのもいいかもしれませんね。 |
今日は二つの特別日
2008 / 08 / 10 ( Sun ) ![]() 小林正観さんの本に書かれていることです。 人生の中で非常に意味のある日というのを特別日と言うのなら 『今日』は二つの特別日が重なっているのです ひとつは、今日を含めた過去で言うならば 「今日」の私は、人生の中で最長老であり、最ベテランであり、 最古参。 「私」というの人生の中で、これ以上経験をつんだ人はいないのです。 もっとも知恵がたくさんある日です。 もうひとつは、 逆に、今日を含めた未来ということを考えてみたとき 『今日』の私は、もっとも未熟者であり、最若年者であるということに 気づきます。 もっとも若く、もっとも未熟。それが分かった時には さらに勉強しよう、さらに向上しよう、もっと魂を磨こうと いうことになるのではないでしょうか。 過去に下した判断はすべて正しかった。 その時点では最高の自分だったのですから、 すべて正しかったのです。 過去を悔やむことにエネルギーを使うのはもうやめて、 未来に向けていかに自分を磨くか、向上させるか、 成長させるかということを考えてみてはいかがでしょうか。 「人生の中で最高峰にいる私」と「人生の中でもっとも未熟で生まれたての私」 それが今日ここに存在しています。 その人生の中に二度とない特別日が二つ重なっている日が「今日」です。 それが今日もあさってもずっと永遠に続いていくのですから こんなに楽しい人生がほかにあるでしょうか」 なんで写真撮るのが好きになったのかなーと 考えていました。 きっかけは、ある方のブログの写真を見て、 私もこんな風に撮りたい!って「カチッ」とスイッチが入りました。 大好きなブログで、とても優しいブログカーさんでした。 自分に対して「なんで私ってこんなにあほなんだろ」と 自分をいじめていました(笑 「いいとこなんて何にも無い!どじでまぬけで頭悪い」って あ〜可哀想(笑 でも、写真て、その時の一瞬を 私のシャッターをそのまんま受け止めてくれるんですよね。 すべてがオッケーなんです。自由でいいんです。 怒られない、けなされない(笑) まるごと受け止めてくれる。 それがうれしかったわけです。 世の中から見たら、本当にあほな役立たない私を まるごと受け入れて、どんな風景も自由に撮らせてくれるんですね。 否定的なことは何にも言わず(笑) ありがたいことです(泣) それが今に繋がっています。 少しずつ、カメラとの付き合いとか、自分の撮り方とか 好きな色とか、好きな角度とかの経験を自分の中では今最高に なってるんですね。 (あくまでも、自分の中で、です) そして、また新しい撮り方や、シャッターの切り方を 学んでいく、写真に関してだまだ未熟な自分がいるんです。 この写真もまた斜めな感じですが(笑)、 この日の最高の私と、まだまだ未熟な私のコラボ作品。 ここに載せてる写真の一枚一枚が、 その日の傑作で、その日の未熟な作品です。 という訳で長くなりましたが、 どうぞ、ご指導ご鞭撻のほど よろしくお願いします。 あ、そうそう、残暑お見舞い申し上げます(遅 暑いので、お体ご自愛くださいね。 いつか一眼レフ持って 旅したいなー・・・というのが一生の夢です。 |









